夢モデルわくわくストーリー

失敗してもあきらめない!困難のあとには幸せが待っている ホタル博士 阿部宣男さん

阿部宣男さん

ホタルはこわい生き物?

葉で静かに発光するヘイケボタル

今,ホタルの研究をしていますが,もともとはホタルがきらいだったんです。なぜなら子どものころ,祖母(そぼ)がホタルの光を指さして「あれは,ご先祖(せんぞ)様のたましいなんだよ。」といっていたからなんです。今となっては迷信(めいしん)と思えますが,子どものころは,『ホタル=たましい=ゆうれい?』だと思うとこわくて・・・・・・。
そんなわたしがホタルの研究を始めるようになったのは,就職(しゅうしょく)した板橋区役所での業務(ぎょうむ)命令でした。1989年(平成元年)板橋区の区議会で,「ホタルを板橋区に呼(よ)びもどして,環境(かんきょう)を大切にする区のシンボルにしよう。」と決まりました。
当時,わたしは32歳(さい)。板橋区役所に就職したあと,動物園,水族館,植物園と異動(いどう)になり,施設内でたくさんの生き物をずっと飼育していたため,ホタルの飼育にうってつけだと思われたのでしょうね。飼育をやるように命じられました。わたしは,『あんなこわい生き物やれるわけないだろ。』と思いましたが,やらないと区役所をやめなければならなかったので,いやいや引き受けることにしたのです。

次の世代のホタルが育つ環境つくり

ホタル累代飼育システム

飼育の第一歩は,ホタルの卵(たまご)をさがして,とることでした。子どものころホタルを見た祖母のところ【福島県】で,ゲンジボタルの卵を300個(こ),栃木(とちぎ)県でヘイケボタルの卵を700個とり,ホタルのエサになるカワニナ【貝の一種】といっしょに板橋区の温室植物園の池に放しました。そのあとは,何もせずにほうっておいたのです。『ホタルなんて育たないだろ。』が,このころの本音でしたね。
ところが,翌年(よくねん)(平成2年)6月後半にホタルがまいはじめたのです。偶然(ぐうぜん)の成功でした。 しかし,次年度も偶然を願うばかりはいきません。産まれたホタルたちが,安心して卵を産んで育つ環境を整えなければ,板橋区でホタルを見ることができなくなってしまいます。
わたしは当時難(むずか)しいといわれていたホタルの世代交代の研究を始めることにしました。水そうを50個集め,土や水質(すいしつ)を変えて比かく検討(けんとう)をしたり,資料(しりょう)集めに国会図書館へ行ったり,朝4時~夜中は12時過(す)ぎまでホタルに適(てき)した温度,しつ度,土じょうを作り出すために走りまわりました。難(むずか)しいといわれていただけあって,失敗がつづいたときは途中(とちゅう)でやめたくなるときもありましたが,やりとげたあとの生き物の元気な姿(すがた)やホタルを見に訪(おとず)れる人のえがおを思うと,わくわくして途中で投げ出すことができなくなっていました。

一生をかけてホタルを守るとちかった日

板橋区ホタル飼育施設「せせらぎ」

あきらめなかったかいあって,翌年(平成3年)にはホタルが卵を産み見事な光を見せてくれました。それから数年,順にホタルが世代交代し,ホタルの数も当初の数百ひきから数万びきにふえ,夜間特別公開の来園者数も10倍にのび,すべてがうまくいきはじめたと思ったときでした。 ホタルの飼育施設がある植物園を1992年(平成4年)6月に閉(へい)園するという知らせがきたのです。 これは,ホタルの死を意味していました。 『せっかく産まれた命を,人間の都合で殺すことなんてできない!』わたしは,ホタルを運び入れる施設を必死にさがし,区所有の土地に立つボロボロの空き家【現在(げんざい)のホタル飼育施設】を見つけました。その空き家に,閉園までの数か月間,わたしは可能(かのう)な限(かぎ)りう化したホタルや動植物を運びつづけたのですが,それでも数え切れないくらいのホタルのさなぎと幼虫(ようちゅう)が取り残されたままでした。 そんな中,ぬき打ちで取りこわし工事が始まってしまったのです。わたしがかけつけたときには,ホタルがいた場所は土がほりかえされた状態(じょうたい)でした。わたしは,泣きながらどろをかきわけホタルをさがしました。そのとき,土の中から1つの光がフラフラとうき上がって,まい上がり,フッと消えたのです。ホタルが“生きたい!”とわたしに語りかけているようでした。
わたしは,多くのホタルの命を救うことができなかったのです。いかりと悔(くや)しさと悲しみで,泣きじゃくりました。そして,あんなにきらいだったホタルを,わたしは一生をかけて守っていこうと決めたのです。

小学生のころに好き
だったことを教えて!
  • わくわくしたこと:くもが巣を作るところ / ゲンゴロウが水面で空気をすうところ
  • 得意だったこと:もけい作り / 生物飼育
  • 好きだった教科:算数理科

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