夢モデルわくわくストーリー

自分が心から伝えたい記事を書き,読者のえがおをつくりだしたい 新聞記者 中川 美香さん 宮崎日日新聞社 文化部

中川 美香さん

町の元気を新聞記事でつくりだせたら!

ずっと保育園(ほいくえん)か幼稚(ようち)園の先生になりたいと思っていたのですが,中学生のとき,先生から「新聞記者に向いている」と言われて,記者という仕事を意識(いしき)し始めました。学級通信などを作る手伝いをするのが好きだったのを先生が見ていてくれたのかなと思います。高校時代,大型店の進出で商店街なくなっていき,町に活気がなくなるのを見ました。町のみんなが元気になってくれるような仕事は何だろうと思っているうちに,『文章を書くのが好きだし,人の話を聞くのも好きだ。そうだ新聞記者になろう。そして,町が元気になる記事を書こう!』と本気で考えるようになりました。

暗いニュースだけでなく,いのちを生み育てる記事を書けて感動

新聞記者になって11年目,初めて双子(ふたご)の赤ちゃんをさずかりました。地元宮崎(みやざき)で双子を出産するための情報がほしかったのですが,すでにある情報は,都会を対象としたものばかり。また,双子は,出産や発育にいろいろな問題が生じることもあると初めて知りました。このため,お医者さんの目がいつも届(とど)く「管理入院」をすることにしました。管理入院を通しても,いろいろな難(むず)かしい出産のケースを見聞きしました。「福祉(ふくし)や医療(いりょう)は,道路や橋を建てるより目に見えにくいもの。非(ひ)生産的に見える分野は,いつもあと回しにされてきた。政治(せいじ)が成熟(せいじゅく)してこそ光の当たらない部分に配慮(はいりょ)が進んでいくんだよね」と医師(いし)から言われ,入院中は,ニュースの現場(げんば)からはなれたはずなのに,政治や行政(ぎょうせい)の役割(やくわり)を考えつづけました。入院中の経験(けいけん)をつけつづけた日記がもとになって,復帰(ふっき)後,担当の新聞紙面で「ハロー!! ベイビーズ」という連さいさせてもらうことになり,とてもわくわくしました。連さいは,反きょうも多く2年半つづき,自分の経験や切実(せつじつ)に考えたことが,世の中に伝わり,世の中が,少しでも,良いほうに変わるのではないか,という期待感を持ちました。

担当(たんとう)した連さいが反きょうを呼(よ)び,小学校で「いのちの授業(じゅぎょう)」をした

「ハロー!! ベイビーズ」の記事を読んだ宮崎県内の小学校から「いのちの授業をしてほしい」という依頼(いらい)を引き受けたときのこと。記事に書いた,妊娠(にんしん)したときの気持ち“宇宙(うちゅう)をかかえている気持ち”とか“アパートの管理人のような気持ち”や,双子を表現した“惑星(わくせい)が2つぽっかりうかんでいた”とか“2階建ての上下の階で激(はげ)しく動きがあったかと思うと,ニョロニョロと移動(いどう)し,たまに部屋が横に並(なら)んだ平屋に変こうすることもあった”といった内容(ないよう)を抜粋(ばっすい)して,手作りの新聞を作り,子どもたちに配りました。「この新聞をおうちの人と読んで,みんなの赤ちゃんだったときの話をしてね」と伝えました。授業のあとで,「家族やいのちが暖(あたた)かいと感じた」「こんなに大切に思われて生まれてきたんだ」「この世の人がみんな,いのちを大切にしたら,幸せな世界になると思います」などの子どもたちの感想を読んだとき,わたしの体験や記事を,心の深くで受け止め,この世の中を考えるきっかけにしてくれたことが実感できてうれしかったです。

小学生のころに好き
だったことを教えて!
  • わくわくしたこと:街のお祭り/演奏(えんそう)や劇(げき)など発表会/読書
  • 得意だったこと:想像(そうぞう)して物語を作ること
  • 好きだった教科:国語音楽図画工作
関連情報 宮崎日日新聞社
宮崎日日新聞社 「ハロー!! ベイビーズ」記事のサイト

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