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戦争はなぜなくならない?それをたしかめるために戦場へ 戦場ジャーナリスト 加藤 健二郎さん

加藤 健二郎さん

戦場を自分の目で見てみたい

写真上)建設会社に勤務していたときに語学研修でアメリカへ。その後アメリカ軍採用試験を受け,学科では合格するが,書類審査で不合格。
写真下) ジャーナリストとして初めて取材したニカラグアのジャングル戦専門部隊

戦後16年(1961年<昭和36>)の生まれですが,小学生のころから両親に戦争体験を聞かされ,たまたま今の時代に日本が戦争をしていないだけであって,戦争はくり返し起こるものと思っていました。また,多くの命をうばう戦争は絶対(ぜったい)にしてはいけないもののはずなのに,くり返し起こるのには,『戦争には何か人々をひきつける大きな力が秘(ひ)められているにちがいない』と思ったのです。その理由をたしかめるために,わたしは戦場へ行ってみたいと思うようになりました。しかし,日本人である以上,そう簡単(かんたん)には戦場へ行けません。あらゆる手段(しゅだん)を使ってでも,戦場を自分の目で見てみたかったのです。その中の1つの選たくしとしてジャーナリストという職業(しょくぎょう)があることに気づいたのは27歳(さい)のときでした。

歴史が変わるしゅんかんを実感できる喜び

わたしが戦争ジャーナリストになってからも,世界では各地で戦争が起こりました。わたしの場合は,戦争の背景(はいけい)や心情(しんじょう)を伝える報道(ほうどう)よりも,『戦争そのものをありのまま伝えたい』と思っていました。みなさんも記おくに残るイラク戦争では,わたしは「人間の盾(たて)【アメリカ軍からの軍事こうげきをおさえるために,こうげき対象となっている周辺に軍が民間人を配置すること】」として,南の街にたいざいし,地上戦をさつえいしていました。ふだんは監視(かんし)がついているので,外国人は街中を自由に歩くことができませんが,そのときは,運良く監視員の目をのがれて街へ出ることができたのです。すると街では,イラク市民が楽しそうにアメリカ軍かんげいを意味する白旗を作っていて,この戦争が終わりに近づいていることをはだで感じました。テレビや新聞などでは,フセイン像(ぞう)がたおされる場面の写真ばかりが使われていましたが,だれもがとるようなありきたりの場面ではなく,バグダッドよりもいち早くアメリカ軍が進軍した南の街で,戦争の終わりを象徴(しょうちょう)する場面を写真におさめることができたのはうれしかったですね。歴史の変わるしゅんかんを体感できました。

戦争は「強い者が生き残る」という単純(たんじゅん)明解(めいかい)なものです。わたしは戦争をこう定はしませんが,“強さへのあこがれ”は子どものころからいだいていました。世の中に戦争がなくならないのは,本来人間がのぞむ「実力勝負の世界」だからかもしれません。

小学生のころに好き
だったことを教えて!
  • わくわくしたこと:親に見つからないように深夜に家をぬけ出して,夜の街でいろいろないたずらをして遊び,素知らぬ顔で朝前にもどって来ること
  • 得意だったこと:地図を持たずに自転車で遠きょりを走ること
  • 好きだった教科:算数
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