
映画(えいが)と本が作った“ぼくという人間”
小学生のころ,図書室の本を読みつくそうと思ったことがあります。そのころの図書室にはたいして本がなかったのです。しかし,不可能(ふかのう)だと気がつきました。そのうち,自分が好きなジャンルが見つかりました。学科で言えば,国語と社会の分野の本でした。偉人(いじん)伝,地理の本,歴史の本,探検(たんけん)記,ぼう険物など,たぶんあのころがいちばんはば広く本を読んでいたのではないでしょうか。同じころ,毎週,父親に連れていってもらう映画が楽しみでした。チャンバラや西部劇(げき)……,やがて自分で映画を選んで見にいくようになりました。映画と本がぼくという人間を作ったのです。大学を出るころ,ぼくがなりたかったのは本を作る仕事か,映画を作る仕事でした。映画を作るのは集団(しゅうだん)による肉体労働です。自分の性格(せいかく)を考えて,出版社に就職(しゅうしょく)しました。
文章がうまく書けたときに“わくわく”

出版社に勤めて編集という仕事を始めましたが,編集者というのは何でも好奇(こうき)心を持つことが要求される仕事です。だから,好きだった映画を見つづけることができました。最初に入った編集部が映画制作(せいさく)の専門(せんもん)誌(し)だったので,映画を見ることと仕事が密接(みっせつ)につながっていたのです。その仕事の中で,映画についての文章を書くことが自分に適(てき)していることを発見しました。自分が見た映画を自分なりに理解(りかい)し,それを人に向けて説明しようとすること,ぼくはこんなにこの映画が好きなんですよ,と伝えることことにわくわくするような楽しみを覚えました。だから,その文章がうまく書けたときに,いちばんわくわくしますね。読む人がどう受け取ってくれるか,それが楽しみです。
映画にはげまされた思い出

小学6年生のときに見た映画があります。もう45年も前の映画ですが,その映画を思い出すと,ぼくはどんなにつらいときでも苦しくても切りぬけてくることができました。その映画の中で,主人公は親をなくした幼(おさな)い少女をはげますために「この娑婆(しゃば)にゃあ,悲しいこと,つれえことがたくさんある。だが,忘(わす)れるこった。忘れて日が暮(く)れりゃ,明日になる。明日も天気かあ」と言います。この言葉のおかげで,ぼくは生きてくることができた,と言ってもいいでしょう。映画は人の人生をはげまし支(ささ)えることができるのだと,ぼくは思います。その映画は中村(なかむら)錦之介(きんのすけ)主演(しゅえん)の股旅(またたび)ヤクザ映画だったのですが,ヤクザ映画でもこんなに人をはげますことがあるのだと感動しましたね。



