夢モデルわくわくストーリー

見る人にユーモアと感動をあたえる“動き”の創造人 アニメーター 木村 光宏さん

木村 光宏さん

人を楽しませる仕事がしたい!


木村さんが小学生のときにかいた漫画

幼少(ようしょう)時代は,NHK(エヌエイチケイ)「おかあさんといっしょ」のアニメーションを見るのが大好きでした。丸や四角を組み合わせただけの単純(たんじゅん)なアニメーションなのに,その動きがとてもおもしろくて,毎日あきずに見ていたものです。小学生になると,「天才バカボン」などのギャグ漫画(まんが)にのめりこみ,自分で漫画をかく楽しさを知ると,『絵で人を楽しませる漫画家になりたい』と思うようになりました。結果的には,漫画家よりもアニメーターになることを選びましたが,“人を楽しませたい”という思いは変わりませんでした。そして,その後,絵【イラスト】やアニメーションを作りつづけながら,毛糸やフェルト,ねん土,木などのさまざまな素材(そざい)を使って,ユニークな動きを表現(ひょうげん)するアニメーターになりました。現在(げんざい)は,NHK「いないいないばぁっ!」などの子ども向けの番組でアニメーションを制作(せいさく)しています。

見る人を楽しませるアニメーション制作をめざして

21歳(さい)で美術専門(びじゅつせんもん)学校を卒業すると同時に,学生時代に制作した作品が認(みと)められて,フジテレビ「ひらけ!ポンキッキ」でうたのアニメーションを担当(たんとう)することになりました。ところが,学生のころは,自分がなっ得のいくまで時間をかけて作品を作ることができましたが,仕事となると勝手がちがいました。それでも,初めての仕事なので,自分では一生懸命(けんめい)がんばっておもしろい作品を作ったつもりでしたが,結果,不評(ふひょう)に終わり,これまではひとりよがりだったことに気づきました。それからは,クライアント【依頼(いらい)人】を始め,まわりのスタッフやみてくれる人にも喜んでもらえる作品を作ることが,何よりもだいじだと思うようになりました。音と動きで表現するアニメーションは,国籍(こくせき),年れいを問わずに楽しめるもの。今では,友だちや知人から「いつもTV(テレビ)を楽しみにしているよ!」「うちの子が木村さんのアニメーションをかじりついてみていますよ!」と,わたしの作品を楽しみにしている人の声を聞くときがいちばんうれしいですね。

幼少(ようしょう)時代の思い出がよみがえる,心に残るアニメーション


「ことダマシー(カッパのかっぱらい)」より <驚き盤>©木村光宏/2001年制作

現在,わたしは子ども向けのTV番組のアニメーションを制作するかたわら,美術系(けい)の大学や専門学校でアニメーションの講師(こうし)もしています。学生は20歳前後の若(わか)い人たちですが,授業(じゅぎょう)で20年ほど前のわたしのデビュー間もないころの作品【ししゅう糸を使ったアニメーション】を見せると,「その作品を小さいころに見た覚えがあります!」という学生が何人もいたのです。放送回数が少なかったはずのその作品を,学生たちがしっかりと記おくしていたのにはおどろきました。けれども,考えてみれば,わたしも幼少時代にみたアニメーションをしっかりと覚えているのです。わたしが幼少のころ夢中(むちゅう)になって見たアニメーションのように,自分の作品が見ている人の心に残るアニメーションだったのには,とても感動しましたね。また,このように人の心に残る作品を制作できるアニメーターという仕事につけたことを幸せに思いました。

小学生のころに好き
だったことを教えて!
  • わくわくしたこと:落書き,砂遊び
  • 得意だったこと:ねん土細工
  • 好きだった教科:図画工作

ページの先頭へもどる