
吹奏楽(すいそうがく)部の指揮を経験(けいけん)し,おもしろさを発見

音楽との出会いは9歳(さい)で始めたピアノ。でも,同時にやっていたサッカーの方にのめりこみ,中学時代はサッカー部でした。ところが,たまたま学校行事の合唱コンクールで指揮をしたところ,それを見ていた音楽の担任(たんにん)の先生に吹奏楽部の指揮を頼(たの)まれたのです。そこで指揮の楽しさに目覚め,高校進学後はサッカー部と迷いつつも吹奏楽部へ。最初から指揮者が希望でしたが,先ぱいから楽器もやっておいたほうがいいとすすめられ,ホルンを吹(ふ)くことに。音楽大学での4年間もホルンを専攻(せんこう)しましたが,その当時所属(しょぞく)していた地元の吹奏楽団(だん)で指揮をさせてもらえることになり,そこで初めて指揮者としての仕事を始めたのです。その後,本格(ほんかく)的にヨーロッパで勉強したいと思い,ウィーンに7年間留学(りゅうがく)して指揮の勉強をし,そして帰国後,プロの指揮者になったのです。
モーツァルトと同じ場所で指揮をした感動


写真上)©五味明徳
わたしがいつも指揮を担当(たんとう)している『メトロポリタン・フロイデ・コーア東京』という合唱団があります。この合唱団では2006年の秋,モーツァルト生たん250年記念の年だったので,ゆかりの深いチェコのプラハに古くからある『エステート劇場(げきじょう)』で演奏会を開催(かいさい)しようということになりました。この劇場はモーツァルトが実際(じっさい)に指揮をしたり,チェンバロという楽器をひいたりしていたところで,わたしにとってはあこがれの場所でした。コンサートで演奏(えんそう)した曲は,かれが35歳で亡(な)くなる直前に書いた『レクイエム』。現地(げんち)のオーケストラや合唱団との合同演奏会になりました。オーケストラや合唱団とは言葉の壁(かべ)をこえて音楽で結ばれ,ステージにすばらしいハーモニーがひびきわたりました。モーツァルトはクラシックにたずさわる人なら,きらいな人はいないであろう作曲家だと思います。そのモーツァルトが実際にその場に立っていたことが刻印(こくいん)されたプレートのある舞台(ぶたい)の上で,みんながひとつにつながった感動。そこには国境をこえた音楽のすばらしさがありました。わたしは指揮をしながら,モーツァルトがこんなすばらしい曲を残してくれたことへの感謝(かんしゃ)の気持ちでいっぱいになりました。そして250年たった今も,モーツァルトが劇場(げきじょう)のどこかでわたしを見守ってくれているような気がして,何ともいえない感動を覚えたのです。
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