
自分を変えて,オリンピックに出たい!

もともと6人制(せい)バレーボールの選手でした。ワールドカップやV(ブイ)リーグでがんばってきましたが,2004年アテネオリンピックでは,選手に選ばれたのに,けがで出場できませんでした。26歳(さい)のときです。オリンピックは4年に一度だから,30歳になる次のオリンピックが年れい的に最後のチャンスかもしれない。でも『またケガをしたら…』と,不安でした。『不安をふっ切って何かを変えたい』と思っていたとき,インドア,ビーチ両方でオリンピック出場経験(けいけん)がある大先ぱいから「ビーチバレーに来ない?」とさそわれました。わたしは身長が185cm。日本のビーチバレー界に180cm以上の選手がいないと聞き,『自分らしいプレイができるかもしれない!』と,この世界に飛びこみました。ビーチバレーに移(うつ)ってまもなく,北京(ペキン)オリンピックを目指して浦田(うらた)選手とペアを組み,今に至(いた)っています。
自分よりランキングが上の選手との対戦で,自分の成長をみんなに見てもらいたい!

日本ビーチバレー連盟(れんめい)では,選手にランキングをつけています。自分よりランキングが上の選手と対戦するときは,たいへんわくわくします。自分を育て応えんしてくれているスポンサー,マネージャー,ファンのみなさんに自分がビーチバレーの世界でしっかりやっているところを見てもらいたい,と思うと,よけいわくわくしますね。2007年春,お台場(だいば)で行われた「JBV(ジェイビーブイ)ツアー第2戦東京オープン」では,ランキングが上の選手とも戦い,優勝(ゆうしょう)できて,わくわくしどおしでした。
つらいぶん大きい,感動の喜び!

いちばん感動したのは,2007年6月,ワールドツアーのパリで1勝をあげたときです。ツアー前,全く勝てなくて苦しんでいたのです。試合前に,パリで,同じ年れいの選手友だちに,勝てなくてなやんでいる気持ちを打ち明けました。「洋美のいいところは,思いっきりやるところなんだから,思いっきりやればいいよ」と言ってもらいました。その言葉にはげまされ,前向きに試合にのぞめました。試合中は,無我夢中(むがむちゅう)で,気がついたら勝っていました。もう,そのときは,心の底から喜びがわいてきました。つらい時期の後の勝利は,優勝以上に感動します。
| 小学生のころに好き だったことを教えて! |
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| 関連情報 | 鈴木選手所属プロビーチバレークラブ「レオパレス・ウィンズ」 |



