夢モデルわくわくストーリー

お母さんがいい顔で子どもに笑いかけられるように 助産師(じょさんし) 奥村 佳子さん 青年海外協力隊

奥村 佳子さん

原点に近いお産にかかわりたい!

大学では,助産を専攻(せんこう)していました。看護(かんご)(しょく)のなかでも,ゆいいつおめでたいことにかかわれると思ったからです。そして実際(じっさい)に助産師になったのですが,プラスアルファをもさくして助産に関する講習(こうしゅう)会などに出かけても,ピンと来るものがありませんでした。そうしている時期に,青年海外協力隊のことを知り,もっと原点に近いお産にかかわりたいと思い開発途上(とじょう)国での活動に参加することに決めたのです。

インドネシアのお産は一家が大集合!

お産はとても喜ばしいもの。インドネシアでも,一家がそろってかけつける大イベントです。お母さんがお産の準備(じゅんび)をしている部屋のとなりの部屋に,お弁当(べんとう)などを持って家族や親せきが10人以上集まり,泊(と)まりこみで赤ちゃんの誕生(たんじょう)を待ちわびている,という光景がよく見られます。日本ではあまりないことなのでうらやましくもあり,赤ちゃん誕生の喜びを思うとわたしもとてもわくわくしました。また,わたしが派遣(はけん)されていた県には健診(けんしん)用のモニターや超音波(ちょうおんぱ)の機械などがほとんどふきゅうしておらず,触診(しょくしん)やつつのようなものをおなかにあてて鼓動(こどう)を聞く聴診(ちょうしん)がメインの健診法でした。日本で助産をしていたころは異常(いじょう)を発見することにばかり追い立てられてしまっていましたが,そういう原始的な方法の検診と本能(ほんのう)のお産を目(ま)の当たりにすることができ,とても得るものが大きかった2年間でした。

かわいがった三つ子ちゃんがすくすく成長

保健指導(ほけんしどう)で自宅訪問(じたくほうもん)をしていくなかで,生まれて3か月目の三つ子ちゃんに出会いました。村のリーダーでも月収(げっしゅう)が1,500円くらいのまずしい地域(ちいき)です。生まれてすぐのときはめずしさから地元のテレビ局に取材を受け,ミルクなどの支援(しえん)もあったようですが,マスコミの熱が冷めるとミルクを購入(こうにゅう)できなくなり,“栄養”という言葉も知らないお母さんは,「ミルクが足りなくて,泣いてかわいそうだから」とごはんをあげようとしていました。それではいけない,と保健指導をしに行っていたのですが,しだいに子どもたちがかわいくてたまらなくなってきて,顔を見たさに通うようになりました。ご両親は仕事の手を止めて,生活が苦しいなかからおやつを用意してかんげいしてくれたんですよ。それぞれ1000グラム強の超未熟児(ちょうみじゅくじ)として生まれた三つ子ちゃんですが,無事に成長していく姿(すがた)を見ることができて,また温かい家族と交流できてすごくうれしかったです。

小学生のころに好き
だったことを教えて!
  • わくわくしたこと:毎日友だちと遊ぶこと / 推理(すいり)小説を読むこと
  • 得意だったこと:そろばん / 水泳
  • 好きだった教科:算数理科音楽【リコーダー】
関連情報 青年海外協力隊

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