
子どもの心にかかわる医者になりたい

父が医者だったので大学の医学部に進学しました。小児精神科医を志(こころざ)したのは,大学時代,日曜に教会学校で先生をしたことがきっかけです。子どもたちに「うちに遊びに来ないか」とさそったところ,毎週土曜に小中学生がわたしのアパートに集まるようになりました。多いときには20人近く来ていましたね。かれらと接するうち,家庭に問題があったり,かれらの話をじっくり聞いてくれる家族がいなくて,行き場がなかったりする子どもたちがいると気づきました。そのとき『子どもの心にかかわる医者になろう』と思ったのです。子ども専門(せんもん)の精神科は,ほとんど知られていない分野でしたが,『子どもの心のことをやりたい』という気持ちにゆるぎはありませんでした。
その子の心にふれるしゅんかん


わたしのみているものは心ですから,つかみどころがないと思われるでしょう。レントゲンなどにも映(うつ)らないし,さわって悪いところを見つけたり,手術(しゅじゅつ)をしたりすることもできません。ところが,フッと,その子の心にふれたな,という感覚を持つしゅんかんがあります。家で大暴(あば)れをする子が来たことがありました。父親が社会的によくないことをしていることを知り,裏(うら)切られたという思いをいだいたんですね。かれはそんなことをおくびにも出さないので,大人たちは手を焼いて,無理やりのような形で,わたしのところに連れて来たのです。かれは,わたしの前でも『話なんかするもんか』という態度(たいど)でした。ところが,ふと「きっとお父さんといろいろあったんだね。」という言葉がわたしの口をついて出ました。と,その子の目がみるみるなみだをこらえるような色に変わりました。かれの心のいちばんホットなところにふれたのです。『ここから変化が始まる』『心を開いてくれる』と思えてわくわくしました。理性(りせい)ではない,勘(かん)のようなものが働いた,としか言えません。どこか,わたしの力ではない感じさえしました。そこからは,もう,かれのほうから「父親や大人のことが信じられないんだ」という話がわんさと出始めたのです。



